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権利侵害=悪とは限らないのが知財の世界(バレないふたえ事件)

バレないふたえ事件

 判例シリーズの第2回で取り上げるのは「バレないふたえ事件」だ。

事件の概要

 登録商標「バレないふたえ」の商標権を有する原告が、商品に「バレナイ二重」と表示し販売している被告に対し、

①使用の差し止め
②商標を付した商品の廃棄
③損害賠償の支払い
④HPへの謝罪文掲載

 この4つを求めた訴訟。


 ちなみに、原告商標の指定商品は「瞼形成用ストレッチテープ」及び「二重瞼形成用化粧品」。

 被告の販売商品は「瞼形成用ストレッチテープ」及び「二重瞼形成用化粧品」に該当する。

 つまり、両者の商品は同一だ。


 実際に「バレないふたえ」と「バレナイ二重」は称呼(音)が一緒だし、字面から需要者が受けるイメージも実質的には一緒といっていい。

 商標権の何たるかを規定する商標法25条に照らせば、商標権侵害が成立するかとも思われる状況。

しかし被告は、原告の権利行使を撃退する「驚愕のテクニック」を用いていた……!

判例スペシャル・商標権侵害訴訟探検シリーズ

商標権の権利行使を回避する驚愕の方法は実在した!

 元ネタがわかる人とは仲良くなれるような気がする……

判決の全文

 いちおう判例の全文もリンクするので、ざっくりとかでなく、厳密に理解したい方はぜひそちらをご参照ください

知財高判令和5年(ネ)10011号
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/627/092627_hanrei.pdf

原審・東京地判令和3年(ワ)33526号
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/092101_hanrei.pdf

添付文書1(商標目録)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/092101_option1.pdf

添付文書2(原告が提出した書類)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/092101_option2.pdf

原告の主張

【注意】会話表現について
弊所の判例紹介記事においては、当事者の主張内容や事件の展開を読者に分かりやすく伝えるため、エモーショナルな表現を積極的に採用しております。実際の訴訟において各当事者がこの通りに発言したものではないことをあらかじめご承知おきください。

原告
原告

人の登録商標「バレないふたえ」と紛らわしいモンを指定商品に堂々と使用しくさりやがってこの野郎! 見ろ! ど真ん中の商標権侵害だろうが! 言い訳できんぞコラァ!

原告
原告

オレは「バレないふたえ」の商標権者だ! テメーんトコが使った「バレナイ二重」はウチの商標に激似だ! よって間接侵害に該当するんだ、わかったかこのバカ野郎!

(商標権の効力)
第二十五条
 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。ただし、その商標権について専用使用権を設定したときは、専用使用権者がその登録商標の使用をする権利を専有する範囲については、この限りでない。

出典:e-GOV 法令検索 – 商標法

(侵害とみなす行為)
第三十七条
 次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものとみなす。
 指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用

出典:e-GOV 法令検索 – 商標法

被告の応答

被告
被告

はあ。……このパッケージのどこが貴社の商標権を侵害していると?

原告
原告

なん……だと……?

ざわざわ……

被告
被告

そのパッケージに書かれた「バレナイ二重」……
それ、ただのキャッチコピーすよ?

被告
被告

バレナイ二重は単なる効果の説明っス。本当の商品名はこっち(赤枠内)っス。商品名がこっちだとお客様にわかるよう、表にも裏にも記載してるっス。

商品名「FUTAE LIQUID」
商品名「FUTAE MESH TAPE」
原告
原告

「バレナイ二重」が一番デカく書いてあるだろう!

被告
被告

上下にある「長時間キープ」「リキッドタイプ(テープタイプ)」に挟まれてるっス。なので、「バレナイ二重」の表示は明らかに商品内容を一言で説明するコピーっス。

そして1審判決は……

完全勝利でポーズを決める被告
バレないふたえ事件の判決主文

1審判決の決め手

 被告の言い分、特に「バレナイ二重」という表現が、商標的な使い方(いわゆる商標的使用態様)ではなく、単なるキャッチコピーとしての使用に過ぎないと認められた結果である。

 判決の決め手となった条文は、商標法26条1項6号だ。

商標法26条1項6号とは?

(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条
 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標

出典:e-GOV 法令検索 – 商標法

 言い回しがややこしいのだけど、要するに「他人の登録商標にかかる商品やサービスとの間で、需要者が出所を誤認混同しかねない使い方でさえなければ、商標権侵害にはなりません!」である。

弁理士・小久保
弁理士
小久保

ちなみにこの条文、判例の積み重ねにより固まってきた上記の考え方を反映させるべく、平成26年の法改正で盛り込まれたものです。

他人の登録商標を形式的に用いただけでは商標権侵害とならない具体例

 集英社の『週刊少年ジャンプ』(登録5905931号)を真似て、他の出版社が『週刊少年JUMP!』という雑誌を出版し始めたら、これは商標権侵害だ。

 しかし、「週刊少年ジャンプについて語る本」のタイトルとして「さらば、わが青春の少年ジャンプ」という書籍を他社が出版しても、この行為は商標権侵害とならない


 前者は、雑誌のタイトルに『週刊少年JUMP!』を使うことで、需要者に対し「これも集英社の雑誌なのか?」「何か週刊少年ジャンプと関連があるのか?」といった誤認や混同を生じさせてしまう

 これを放置しておくと、需要者は集英社のジャンプを買いたいのに間違って似通ったタイトルのパチモンを掴まされることとなり、損害を受ける。

 だから商標権侵害として制裁の対象となるのだ。


 一方、後者はどうなのかというと、実はこれって実際に出版された本だ。ジャンプの元編集長さんの回顧録として。

 つまり、「週刊少年ジャンプの黄金期を語る本」だと伝える目的でタイトルに「少年ジャンプ」の語句が用いられているだけである。

 実際の週刊少年ジャンプと間違って買わせるコトを企図したものではないし、また、ジャンプと間違えてこの本を買ってしまう需要者もいないことが明白である。

 よって商標権侵害にはならない

弁理士・小久保
弁理士
小久保

誤解なきように補足しますけど、これは「当たり前の例」として紹介したのであって、訴訟にもトラブルにも何にもなってませんからね!

そして本筋へ…

 話を戻そう。

 要するに、「バレナイ二重」なんて言葉は、「この化粧品には二重メイクがバレない効果がある」という商品の性質・効能を示す表現に過ぎないのだと。

 パッケージにはちゃんと商品の正式名称(「FUTAE LIQUID」および「FUTAE MESH TAPE」)だって書いてあるんだから、「バレナイ二重」という言葉がパッケージに書かれている一事をもって商標権侵害とはいえないよと。

 これが1審判決(地裁判決)の要旨である。

原告
原告

うるさいうるさいうるさい!

原告
原告

ち、地裁の判断なんてアテにならないんだから! チェンジ! 裁判官チェンジ! まだ終わりじゃないわよ! 見てなさい! 高裁でどうなるか!!

そして高裁判決

 こうなった。

完全勝利でポーズを決める被告
弁理士・小久保
弁理士
小久保

結果だけ見ると同じ(被告の勝ち)ですが、判決の要旨は少し違うので見ていきましょう。

地裁との違い

 控訴にあたり、原告は主張の内容を一部更新している。

 大まかにいえば、こういうコトだ。

原告
原告

被告の「バレナイ二重」の表示はパッケージのいちばん目立つところに、あたかも商品名のように使われてるじゃねえか! こんな使い方で、こっちの商品との出所混同を企図していないとでも言うのか!!

原告
原告

ウチの商標と発音も一緒(称呼)、言葉から思い浮かぶイメージ(観念)も一緒、字面だってすごく似ている。こんなに堂々とウチの登録商標に寄せてくる使い方であっても、権利行使が認められないのか!

高裁判断の要旨

 「原告の商標と被告標章は外観の違いにより混同の恐れがなく、被告標章は本件商標に類似しない」と判断した。

 地裁判断よりも、さらに被告有利の方向へ踏み込んでいる。


 地裁判決の引例となった商標法26条1項6号は「形式的に登録商標(に類似する標章)を使用した場合であっても、出所混同が発生するような使い方でなければ侵害にならん」という規定。地裁は、少なくとも「形式だけ見る限り、侵害と言われてもやむなし(だけど実質的には侵害ではない)といっている。


 だけど、高裁は違う。

 「そもそも被告の使った『バレナイ二重』は登録商標『バレないふたえ』に類似すらしていない」、つまり「形式的にも侵害になんか該当しねえよ!」とまで断じたのだ。


 野球に例えると、2点差で負けたため審判団に「おかしいぞ!」と抗議したら、さらに試合内容を最初から終わりまで徹底的に精査され、その結果、むしろ抗議した側の不利材料が増えて10点負けにされたようなイメージである。

 ここから上告しても覆せるわけがないので、最高裁までは行かなかった……と考えるのが妥当であろう。

どう考えても両者はそっくりではある(笑)

 判決に異議を唱えたいのでなく、あくまで直感的な印象としてだ。

 さすがに「バレないふたえ」と「バレナイ二重」が似ていないと言うには無理があるでしょうと(笑)。


 ただ、取引の実情その他の諸々を考慮した上で、このトラブルについての判決としては極めて妥当だと思っている。いや、こうでなくちゃいけないとも思っている。


 実は、この高裁判断には判決の原文にも書かれていない「行間」がある

 一緒に追っていこう。

商標の類否判断の方法(一般論)

 一般的に、商標の類否判断は、

  • 外観(字面や見た目)
  • 称呼(音)
  • 観念(商標から需要者が感じるイメージ)

 これらを個別に把握した上で、そのようにして得られた各商標の外観並びに各商標から生じる称呼及び観念等が需要者等に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察し、かつ、具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である。(と、いわれている)

弁理士・小久保
弁理士
小久保

固い言い回しになったけど、これは過去の最高裁の判例からの引用なので。由緒正しい基準なのです。

 これは今回の裁判でも踏襲されている。

 なんだけど、これでいうと、「バレないふたえ(原告商標)」と「バレナイ二重(被告の使った表記)」は3点中2点が一致するのである。称呼(音)と観念(イメージ)ね。

 ここまでぐうの音も出ないほど近い両者を「非類似」と認定するのは大変だったはずである。

そしてひねり出された「アクロバティック非類似」

 実は、ここまで近い2つの商標を非類似と断じた判例は過去になかった。

 3要件(外観、称呼、観念)のうち1つは近いけど、取引の実情を考慮すれば、互いに出所混同までは生じないよね? と、そういう判例はあった。
(『氷山印事件』最高裁第三小法廷判 昭和43年2月27日、昭和39年(行ツ)第110号)

氷山印事件の場合
  • 外観⇒非類似(ロゴの形状が明らかに違う)
  • 称呼⇒類似
    ※「ひょうざん(原告)」と「しょうざん(被告)」
  • 観念⇒非類似

 今回はこうである(↓)。

バレないふたえ事件の場合
  • 外観⇒類似
  • 称呼⇒同一
  • 観念⇒同一
原告
原告

だから!(以下略)

 ここまで近い「バレないふたえ」と「バレナイ二重」を非類似と言い切った高裁判断の裏にあるものは何だろうか?

おそらく「怒り」だ。

裁判所は、商標法を悪用する奴を許さない

 判決の原文を読んだ方はお気づきだと思うが、とにかく長い。

 これは、本文において「バレないふたえ」に類似する言葉や言い回しが、出願前から世間にたくさん流布していたことを例示しているためである。


 すでに世間にあってみんなが意識せず使っている言葉につき、他の同業者がまだ誰も商標登録していないからといって先押さえし、取得後は意気揚々と同業者に権利行使して儲けようとする……こんな権利行使はゼッテェ認めねえ!という結論がまず先にあるのだ。おそらくね。

弁理士・小久保
弁理士
小久保

筆者の大好きなドラクエ7でいえば、ふきだまりの町で自分だけ助かりたくて「魂の剣」を取ったクズを町の牢名主スイフー以下みんなで団結して叩き潰そうとする、あの感じだ。

 その上で、取引の実情等を用いてその結論を日向小次郎くんのドリブルじゃないけど少々強引に、導き出しているのである。

  ↓  ↓  ↓

(略)以上によると、本件商標及び被告標章が商品の出所識別標識としての機能を果たすとしても、「バレないふたえ」及び「バレナイ二重」という表現そのものは、本件化粧品の品質及び効能に関するありふれた表現であるから、当該表現による出所識別機能は、かなり限定的なものであるといわざるを得ない

本件事件の判決文より引用

 引用内の太字部分は筆者がマークアップした。分かりやすく言い換えればこういうコトである。

  ↓  ↓  ↓

 「こんな商標は、もともと世間にあるみんなで使えて当然の言葉を小賢しく商標化したものに過ぎない」

 「ま、特許庁が一応は認めたようだし、もっとクズみてえな登録商標(笑)も多いから、登録無効にされてしかるべきとまでは言わねえでやるよ」

 「ただ、権利行使したいなら、相手はせいぜい登録商標と全く同じ『バレないふたえ』をそのまま使った奴だけにしとけ?

 「みんなが普通に使ってる言葉を商標化するだけでも社会迷惑極まりないのに、さらにその類似範囲にまで権利を及ぼそうなんておこがましいんだ。認めるワケねえだろ?」

「裁判所を舐めるなよ?」

 まあ、この事件の結論は以上の通りだ。


 前回の記事で書いたので今回は繰り返さないが、商標法の趣旨はこういう、世間でみんなが使っている言葉をこっそりちゃっかり登録してきた連中に脅迫用の警棒や小遣い稼ぎのナワバリを与えることではない。

 裁判所は原告側の卑しい意図など最初からお見通し。だからこそ、門前払いにしたのである。

最後に

 ちなみに、筆者がこの事件を通していちばん「コイツぁすげえ!」と思ったのは、この裁判に被告側補助参加人として参加しているデザイン会社である。

 相手の商標権の存在を認知した上で、そのパッケージデザインにおいて、商標権侵害にならないギリギリをここまで的確に攻めた(まあ、訴えられる時点でマズイという考えもあるが)。

 おそらく「社内に弁理士や弁護士がいる」程度ではなく、直接携わったデザイナーかクリエイティブディレクターが資格持ちとか、とにかく、商標法の運用や考え方を深く理解していたんじゃないかと思っている。

弁理士・小久保
弁理士
小久保

映画「フルメタル・ジャケット」のハートマン先任軍曹がこの判決を見たら、間違いなく家に来て妹をxxxxする許可を出すと思います。