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商標権の価値とは?(熱中対策応急キット事件)

弁理士らしく判例紹介なんかも書いていこうと思っている。
ただ、ウチのHPにいらっしゃる読者っておそらく同業者さんってよりも、法律系の固い文章読むの「メンドクセ」って感じの人たちだと思うのだ。自分も気持ち的にはそっち側だし……。
ということで、もともとエンターテインメイト系でやってきた自分にしかできないStyleでの判例紹介をしていこうかなと。
いちおう判例の全文もリンクするので、ざっくりとかでなく、厳密に理解したいって方はぜひそちらをご参照ください。
判決の全文
大阪地裁令和4年(ワ)第98188号
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/615/092615_hanrei.pdf
事件の概要
「熱中対策応急キット」という文字商標について商標権を有する原告が、同じく「熱中対策応急キット」という商品名で経口補水液や冷却シート等をポーチに詰めた商品セットを販売していた被告に対し、
①使用の差し止め
②被告製品からの当該商標の除去
③損害賠償請求
この3つを求めた訴訟。
ちなみに、原告商標の指定商品は、容器となるポーチ、それと中身となる清涼水や温度計、冷却シートなど(一部省略)。
両者の主張
【注意】会話表現について
弊所の判例紹介記事においては、当事者の主張内容や事件の展開を読者に分かりやすく伝えるため、エモーショナルな表現を積極的に採用しております。実際の訴訟において各当事者がこの通りに発言したものではないことをあらかじめご承知おきください。

Yo! 侵害者! ドキッとしても遅えYoきっと! 我が社の登録商標・熱中対策応急キット! マイ商標権、侵害しちょるけん! オメーは被告。賠償いっとく?
一言でいえば「テメー俺の権利を侵害してっぞ使うのやめろ表示消せ賠償払え」。
ちなみに、被告商標は原告商標と同じ「熱中対策応急キット」という文字商標を、自社製品である熱中症対策キットのポーチに堂々と表示している。
また、ポーチの中身の構成も原告商標の指定商品とガチ被りしているので、少なくとも形式的には、ど真ん中の商標権侵害に該当する。

笑わせんなクソ商標! オメーの命運あと3秒! 無効理由は3条1項3号! テメーの商標ただのジャンル名! 識別力ねえよ分かるかテメー! よって主張は無謀! 権利も無効! お帰りは向こう!
こっちは簡単にいえば「それが何か? 本来なら登録無効レベルのゴミ商標権で権利行使とかマジ受けるんスけど!」。
勝敗


これがッ!
これがッ!
これがッ! 商標権だッ!
というコトでこの裁判、なんと訴えられた被告側の完全勝利。原告は請求事項「使うのやめろ」「既存製品の商標消せ」「賠償払え」、これらの請求事項が1つも認められなかった。
原告はちゃんと商標登録出願して、審査も通って、登録してある商標について権利行使したのに……。
判決のロジック
「どうしてこうなった……」的なところなので、解説を入れたい。
決定打
上記判決の直接的な決め手となった条文は「商標法39条で準用する特許法104条の3第1項」というヤツだ。
(特許権者等の権利行使の制限)
出典:e-GOV 法令検索 – 特許法
第百四条の三 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
この条文が商標権についても当てはまる。
「当該商標が商標登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、商標権者又は専用使用権者は、相手方に対しその権利を行使することができない」というコトだ。
もっと簡単に言おう。
「商標登録無効審判を請求すれば無効になっちまうようなダメ商標権で権利行使なんて認めねえゾ?」。これだ。
次に、「(たとえ登録されていても)無効になっちまうような商標」というのが何なのかを説明する必要がある。
この商標の無効理由
この商標の無効理由は「商標法3条1項3号に該当しており、本来的に登録を認めるべきではない商標だったこと」である。
まず、商標法第3条というのは「出願された商標が、実際に商標として国の原簿へ登録されるのにふさわしいものであるか」を判断するための要件を列挙している条文だ。
たとえば、自分で使用するアテもないのに出願してきたことが明らかな商標(※1)や、みんなが世間で普通に使用する言葉等であって誰かに独り占めさせるのがふさわしくない商標(※2)は、登録を認められない。
- ※1 弁護士でない者が「訴訟事件その他に関する法律事務」を指定サービスとして出願してきた商標など。
- ※2 「うまい牛丼」という文字商標を、指定商品「牛丼」で出願してきた場合など。
本件における登録商標「熱中対策応急キット」は、上記の※2に該当した。
細かい説明を省いてズバリいうと、こうだ。
↓ ↓ ↓
「熱中症の応急措置」という「製品の用途」を表すのに必要な、いわば商品ジャンル名として同業各社が普通に使えないと困る言葉を、原告はいろいろ努力して商標登録したみたい。でも、特許庁を言いくることはできた(=だから商標登録はされた)ものの、裁判所まで言いくるめることはできませんでした。残念でした……というコト。
実は、商標登録の過程においても……
ところでJ-PlatPatを見てくれ。こいつをどう思う?


小久保
すごく……拒絶理由通知です。
要するにこの商標、審査段階で「こんなん用途そのまんまですやん。商標として識別力ないですやん。こんな商品ジャンル名みたいなん商標登録してもうたら、他の同業者が商売やりづらくなりますやん」……的なコトを指摘されているのだ。
その際、(代理人弁理士が)意見書を提出して、
「この商標における「熱中」は必ずしも熱中症を意味しない。”物事に夢中になる様” をはじめとする多様な意味がある。この「熱中対策応急キット」を熱中症対策用のグッズにだけ使う商標だ、などと決めつけないでいただきたい!(キリッ)」(意訳)
これぐらいの論陣を張って審査官の判断を覆し、商標登録させちまった!!
キャー ベンリシサン カッコイイ!!
そして約2年後……

意気揚々と権利行使したらこのザマである。
本件事件の教訓
これは弁理士の間でも意見が割れると思うんだけど、「押さえることができればその業種や業界、関連商品なんかを独占できるかも!?」みたいな商標って、やっぱり取りに行くべきじゃない。
なぜって、それは完全に商標法の趣旨に反する行為だから。
第一条 この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。
出典:e-GOV法令検索 – 商標法
読めば分かる通り、商標法の目的ってのは、商標を登録した者に関連業界を支配する力を与えることじゃない。
商標の使用をする者の業務上の信用の「維持」だからね。「保護」ですらなく、あくまで「維持」。
↓ ↓ ↓
登録商標それ自体がパワーじゃねえぞ!! 登録自体に積極的な意味もメリットもないんだぞ! 使ってなんぼだからな!! 登録されたからって何もしないなら、信用も価値もゼロのままだからな! アンタの商標の「存在」は保証してやるが、「価値」についちゃ国は一切保証しないぞ!!
……こういうコトが言いたくて、あえて「維持」っていう消極的な言葉を選んだはずなんだ。
これはキレイ事でも理想論でもない
結局、本事件というのは、上のような商標法の趣旨を出願人も代理人もまったく理解していなかったがために至った、当然の結末でしかない。
誤解されたくはないから一応補足するけど、別に熱中症対策グッズとして「熱中対策応急キット」という商品群を発売することは何も悪くない。ブランド戦略としては個人的に首を傾げる部分もあるものの、熱中症関連のキーワードでWEB検索して見つけやすいというメリットは確実にある。それは販売各社の打ち出し方の問題にすぎない。
ただ、その種の商品を各社が出しているなかで、この言葉をウチが商標登録しちゃえばライバルの活動をブロックできるし、権利行使でヒャッハーもできるな! という考えが底なしにクズいのである。
この行為が違法でこそないものの(※どんな商標であっても出願すること自体は違法じゃないので)、道義的にどれぐらいのクズっぷりかを例にすると……

小久保
シェーキーズやスイパラやすたみな太郎で自分の食べたいメニューを見つけた! よし、じゃあ列の後ろに並ぶ前にとりあえずペッペペッペと唾を吐きかけておこう。こうしておけば他人は食えまい。好物確保! ウヒャヒャヒャヒャ!
……と、このぐらいのクズ度である。
権利行使もできないゴミ商標を無理矢理ねじ込もうと特許庁相手に屁理屈振り回すより、最初からオリジナリティと魅力に溢れる商標を手に入れることに血道を上げる方が、のちの商業的成功を目指す上でもよっぽどお得なんだけどね(笑)。
以上、ネーミングを得意とする弁理士のボヤキでした。