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本名を商標・ブランド名とすることの良し悪し

本名を商標とすることの良し悪し

 弊所はネーミングサービスを併設する弁理士事務所ではあるものの、だからといって何でもかんでも「凝った名前にしましょうよ!」 「そんな名前じゃダメっす!」……といったしつこい営業や押しつけをしたりはしない。

 お客様側のビジョンや方針次第で、「むしろ、凝らずに本名を使った方がいい」と考える程度の柔軟性は持っている。

弁理士・小久保
弁理士
小久保

ネット上、特にSNS上での名義は会社名よりも担当者個人にした方がレスポンスが良くなる傾向にあります。そのため、堂々と本名や本名を組み込んだ屋号を使うのは悪くない選択です。特に、ご本人が何かの分野で名をあげている場合はなおさらですね。

商標に本名を組み込むメリット

1.信頼性や親近感を与えられる

 本名を使うことで、ブランドに「人」が感じられ、信頼性や親近感が生まれる。おそらく、人を前に出すことで責任が生まれる分、お客様も安心しやすくなるのでは。特に、創業者が創業時点で何か実績や権威を持っている有名人である場合、スタートダッシュもかけやすい。

2.独自の「色」を出しやすい

 特に珍しい名字や個性的な名前の場合、ブランド名が記憶に残りやすい。

 ちなみに、芸能の世界では芸名のような変わった本名を持つ人はブレイクしやすいというジンクスがある(あった)。いまはみんなが変わった名前を狙いすぎてDQNネームが乱立しているので、どうかと思うところもあるけど……

 HERMÈS(ティエリ・エルメス)やPaul Smith(ポール・スミス)なんかが代表例になると思う。

弁理士・小久保
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たとえばですけど、橋本光宙(ぴかちゅう)くんとか芸名みたいではあるけど、それでブレイクするかと言われたら……(微妙)

3.創業者の半生や信念を、そのままストーリーやコンセプトにできる

 創業者自身の個人的な背景や半生、座右の銘などをブランドのストーリー・コンセプトとしてそのまま活用できる。

 代表例はそれこそ、ホンダ、松下電器産業(現・パナソニック)。

弁理士・小久保
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小久保

松下電器産業がパナソニックへと社名変更したのはなぜ……?

4.自身の知名度アップとブランドのそれが連動する

 創業者自身の知名度を高めると、同時にブランドの知名度アップにもなる。

 今年お亡くなりになった服部幸應氏が設立した調理学校「服部栄養専門学校」はこのパターンに該当すると思う。学校長が積極的にメディア進出し、食育の専門家として活動していたことが、巡り巡って学校のブランディングにもなっていた。



 とまあ、なかなか良いことづくめに見えるんだけど、やっぱりデメリットもある。

商標に本名を使うデメリット

1.承継や売却の難しさ

 本名に基づくブランドは、ファミリー以外の第三者への承継や売却が難しい。

 士業のように一身専属性の強い分野だと、特にその傾向が強くなる。必ずしもブランドを自分の配偶者や子供が承継できるとは限らない上、ファミリー以外の人に継がせるとなると、今度はその人が創業者の名前を素直に継いでくれるか? というリスクも生じるのだ。

弁理士・小久保
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ぶっちゃけると、むかし事務員として働いていた声優養成所はこれで廃業しました。一番弟子に継いでもらえるよう打診したところ、その方もすでに業界では名のある声優さん。継ぐよりも自分の名前で勝負したいと。それで、創業者も自身の引退と同時に廃業を決断したそうです。

 また、ブランドイメージが創業者個人の才能とあまりに深く結びついている場合、経営が変わることで信頼を失うリスクも大きくなる。つまり、第三者へ事業譲渡を行う際の大きな障害になるというコト。

 なので、「事業を育て、上場させて売る」「ファミリー以外の方に承継してもらう」といった出口戦略を少しでも可能性に入れている場合、創業者の本名、あるいは本名を含んだブランド名を用いるのは好ましくないといえるだろう。

2.創業者のイメージ悪化=ブランドイメージ悪化

 創業者のスキャンダルや評判がブランド全体に悪影響を与えるリスクがある。これは必ずしも犯罪のような重大行為に限らない。

 たとえば、法的には刑事罰のない不倫のようなものから、従業員へのパワハラ、税金の過少申告、果てはSNSやセミナーにおける失言まで、創業者の様々な失策がブランド存亡のリスクに直結する

3.本名それ自体から生じる制約

 これは予見可能な話ではあるが、たとえば一般的すぎる名字だと差別化が難しくなる。そもそも他の同業者と商標がバッティングするリスクまで生じてしまう。「マツモトキヨシ」のようにフルネームを商標にすれば回避可能ではあるけれど。

 また、発音しづらい名前の場合、表記をカタカナにしても改善できないので採用する上では注意が必要だ。

4.海外展開が難しい

 本名からなるブランド名を海外でそのまま使用する場合、そもそも「外国人が読めない」という問題も生じうる。

 海外展開を意識するのであれば、本名を使うとしても、その表記については初めからアルファベットにしておくといった対策も必要になるだろう。

5.多角化やイメージの拡張が難しい

 本名を使わない商標と、本名を使う商標。

 両者はどちらも同じように「信用」を蓄積する器であるが、実は需要者からの「信用の中身(=蓄積されている信用の性質)」が異なっている。

 どういうことか。

  ↓  ↓  ↓

 本名を使わないブランドが総じて「商品やサービスの質に対する信用」を蓄積する傾向が強いのに対し、本名を使うブランドは一種の「キャラクター」として、言い換えれば「信念や主張の一貫性に対する信用」を蓄積する傾向にある

 いうなれば、本名を使った商標(ブランド名)に蓄積される信用は「人に対する信用」と性質が近いのである。


 この蓄積してきた信用の性質が、実は多角化の足を引っ張る。


 想像してみてほしい。

 たとえば、あなたがプロ野球選手を誰か1人応援しているとして……

 その人が(現役生活の途中で)何を思いついたか野球と関係のない会社経営を始めたり、あるいは将棋に夢中になったりして、ブログやSNSにも野球そっちのけで会社経営や将棋のことばかり書き始めたりしたら……?

弁理士・小久保
弁理士
小久保

何やってんだコイツ……? 野球の方は大丈夫なの?? 引退が近いのか?

 こう思うのが、ファンとしては普通だよね。

 この野球選手がこれまで集めてきた信用は「この人が真摯に野球に取り組んできた」生き様に対する信用だ。他のことを始めてそちらでも信用を獲得しようとすると、これまで蓄積してきた信用とトレードオフになってしまうのである。


 逆に言えば、本名を使わないブランド名はその信用が広く「商品の品質やサービスの質」に蓄積されていることが多いので、上のようなトレードオフ現象が生じにくい。つまり、多角化がしやすい。

番外:地域名にこだわったブランドも…

 多角化というか、たとえば全国展開を無理に行うと、地元からのファン離れを起こしやすい。理由は単純で、地元の初期ファンからすれば、地元を見捨てたように映るからだ。

 このように、事業の初期段階では絶対的な長所だった要素が、そのライフサイクルの途中から障害になることもある。

本名ブランドの是非はあなたの「ビジョン」次第

 本名をブランド名に採用することで、信頼性や親近感の向上、独自性の確立といった多くのメリットが手に入る。一方で、事業承継の難しさ、多角化の制約、創業者個人への依存といったデメリットも抱えることとなる。

 この選択が成功するか否かは、最終的に以下のような要素に依存するだろう。

1.あなたの事業の「ビジョン」と一致しているか

長期的なブランド戦略が必要

 本名ブランドは、短期的には信頼性を高めやすい一方、長期的な事業の方向性と合致しなければ大きな経営リスクとなる。「この名前が将来的にも自分の目指す方向性と一致しているか?」を慎重に検討したい。

個人としての影響力をどう活用するか

 創業者が事業に深く関与し、自身の生き様を武器にしたい場合、本名ブランドは理想的だ。一方で、事業の多角化や第三者への承継・売却等を見据えるのなら、自身の名前を前面に出しすぎない方が賢明といえる。

2.ブランドの「柔軟性」を保つ工夫が重要

補助的なブランド名やストーリーの追加

 本名を使用する場合でも、「名前」そのものに依存しすぎないストーリーやブランド要素を育てていくことで、多角化や方向転換に柔軟性を持たせることができる。たとえば、サブブランドを用意して多様性を演出する方法だ。

 芸能人でいえば、ビートたけしが映画に進出する際、ビートたけし名義ではなく本名の「北野武」を用いたような感じである。

地域性や文化的背景を意識する

 海外展開や多角化を視野に入れる場合、あらかじめ国際的にも受け入れられやすい名前や表記を検討する必要がある。

3.「顧客」と「ブランド」の関係性を考える

顧客の期待を理解する

 本名ブランドは「人としての信頼」に基づくため、顧客の期待に応える責任が重くなる。創業者の価値観やメッセージを顧客にどう伝え、共感を得るかを明確にする必要がある。

 また、過去の自分との対話も必要だ。過去の生き様を振り返り、自分を「飽きっぽい人間だ」「移り気な人間だ」と思っているのであれば、悪いことは言わないので本名ブランドを使うのはやめた方がいい。

 そういう人が本名ブランドを用いると、飽きてしまったときに顧客の期待に応えることができなくなり、(本名ブランドゆえに)第三者に事業を譲ることもできず、ビジネスが崩壊する。

顧客への影響を常に意識する

 創業者が事業から手を引く場合や方向転換をする際に、顧客との間に生じる感情的な溝をどう埋めるか考えておくことも重要。次のステップに備えたブランディング戦略が求められる。

最後に

 本名をブランド名として選ぶかどうかは、「どんなビジョンを描き、どのようにそのビジョンを実現していきたいのか」を見つめ直す良い機会でもある。

 これからブランド名を決めるあなたが、最善の選択を見つけ、ブランドを育てていけることを願う。

弁理士・小久保
弁理士
小久保

……という感じで、単純にネーミングの案を考えるだけでなく、ネーミングを取り巻くブランド戦略、ネーミング決定後の商標登録出願、登録後のブランド育成まで真剣に協力したいです。

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