- 商標
- 判例
商標権で最強の集金システムを作る!⇒失敗(第1巨峰事件)
判例シリーズの第3回で取り上げるのは「第1巨峰事件」だ。
実は巨峰事件って2つありまして。今回扱うのは、昭和に争われた第1事件の判例。もうひとつの第2事件は「巨峰」という商標がメジャーになりすぎて、もはや普通名詞化しているのでは? という観点から平成に争われた別の事件です。
事件の概要
指定商品「包装用容器」について登録商標「巨峰」の商標権を有する原告が、段ボール箱に大きく「巨峰」と印字したものを製造・販売している被告に対し、
①当該段ボール箱の製造、販売、展示等の差し止め、
②商標を付した商品の回収
これらの仮処分を求めた訴訟。
……といっても、商標に対する多少の知識がないと上でやっているコトの意味が分からないと思うので、以下、会話パートで少しフォローしたい。
【注意】会話表現について
弊所の判例紹介記事においては、当事者の主張内容や事件の展開を読者に分かりやすく伝えるため、エモーショナルな表現を積極的に採用しております。実際の訴訟において各当事者がこの通りに発言したものではないことをあらかじめご承知おきください。
俺様は最強の金儲けを考えてしまった。
まーたロクでもないことを
何をいう。商標法を利用した、合法的な手段だ。
はあ
通常、商標ってのは「名前(又はロゴ等)」と「指定商品・サービス」の組み合わせで権利化する。
たとえば、「巨峰」という商標は通常、ぶどうやぶどうを使った商品、またはそれらのモノを提供するサービスなんかと組み合わせて登録するワケだ。
それで、何がいいたいんすか?
他人の登録商標「巨峰」と同じ文字商標「巨峰」をぶどうについて商標登録するのは今さら無理だ。他人がすでに登録しているからな。
だがな、関係ない商品やサービスに関してであれば、これからでも商標登録できるんだ。
そして、指定した商品やサービスの範囲で独占権を手に入れることができる。
でも……ぶどう以外の商品で「巨峰」を商標登録して何になるんすか?
何になる?
バカめ。無限の収入になるわ!
登録商標「巨峰」を、ぶどう業者どもがその流通過程で必ず使う「包装用容器」についてコッソリ取得しておけばなあ!
ぶどう業者どもも、まさか商品を入れて運ぶ段ボール箱や木箱に「巨峰」の登録商標が存在するとは思うまい。よもやよもやだ。気安くそれらの箱に「巨峰」と書いた瞬間が、俺様のサクセスストーリーの始まりだ!
パイセン、あったま良い!!
すでに商標登録は済んだ! そして権利侵害の差止めを求める仮処分の請求も!
さあぶどう業者どもよ、震えるがいい! 思い知るがいい!
我が威光にひれ伏し手数料を払い続けない限り、貴様らぶどう業者どもは巨峰を流通させることができんのだ!!
で、上のゲススキームにもうひとつ補足すると。
商標権は特許や意匠と違い、10年ごとの更新を繰り返すことで半永久的に権利を保持できるため、裁判で適切に判断されない限り、こういうモラルのない金儲けスキームが本当に実現しちゃうおそれがあったんですね。
判決の全文
いちおう判例の全文もリンクするので、ざっくりとかでなく、厳密に理解したい方はぜひご参照ください。
判例全文・昭和46年9月17日 福岡地方裁判所
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/544/014544_hanrei.pdf
この事件の見どころ
被告(ぶどうの巨峰を扱う業者さん)は原告の登録商標「巨峰」を、その指定商品である「包装用容器」である段ボール箱に付して製造・販売した。
これは形式的にいって登録商標の「使用」には該当する。
第2条(定義等)
出典:e-GOV 法令検索 – 商標法
3 この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
一 商品又は商品の包装に標章を付する行為
二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
けれど、巨峰という商品を流通させるには、包装容器に入れるしかない。その包装容器に対してまるで狙いすましたかのように第三者が「巨峰」という商標を取得し、(ぶどうの方の)巨峰の事業者に販売差し止めや損害賠償の請求といった権利行使をする。
これは許されるのだろうか?
そして判決は……
判決の決め手
段ボール箱の商標なんて、裏か底面にちっちゃく書いときゃあいいんだよ!! メインスペースに書いてあんのは商品の中身だっての!
つまり、巨峰(ぶどう)を流通する業者さんたちが段ボール箱に「巨峰」と大きく記す行為は、単に箱の中にある商品が何であるかを示しているだけであり、原告が主張するような段ボール箱についての商標権侵害にはあたらない、との判断だ。
さらに言い換えるならば……今回の事例は形式的に商標法2条3項にいう「商標の使用」に該当している。けれど、「この段ボール箱の名前は『巨峰』といいます!」といった使い方ではないため、商標権侵害にはなりません……というコトです。
ちなみに、この『第1巨峰事件』を含む複数の同種の判例がもととなって、平成26年改正で新たに追加された条文が、この判例コーナーに根拠条文として頻出する「商標法26条1項6号」だ。
商標法26条1項6号とは?
(商標権の効力が及ばない範囲)
出典:e-GOV 法令検索 – 商標法
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
この規定の誕生によって、うっかり他人の登録商標をどこかに書いてしまったー! ぐらいで商標権侵害に問われる可能性はグッと低くなった。
逆にいえば、商標権者側からの商標権の行使がより難しくなったのだが。
最後に
いつもいつもコレばっかりで、昭和のおじいちゃんみたいだが……そもそも商標権とは、他人に権利行使をキメるために後付けで取得するモンではないのだ。